聖書と憲法と一個人

  • 2016.10.31 Monday
  • 18:30

 

10月は、半分以上、家におりませんでした。

 

そんなに疲れているつもりはないのですが、最近多くの方に「疲れてますか?」と聞かれます。

 

声や表情に出ているのでしょうか。

 

みなさんのお祈りやお気遣いに支えられております。ありがとうございます。

 

 

 

10月ラストの本日も、中国四国宣教区の一泊牧師会で、備前に来ております。

 

そのプログラムの中で、「聖書と憲法と私」というテーマで、出会った頃は高校生だった立田久義弁護士が講師として、たっぷり話してくれました。

 

ご立派になられて、もう「ひさちゃん」とは呼べません。「ひさ先生」とお呼びします。(笑)

 

 

自民党改憲草案をどこがおかしいのか、わかりやすく説明してくれました。

 

 

「一個人」から「国家」が主語になり変わろうとしています。

 

基本的人権が薄められて、ナショナリズムを強めようとしています。

 

 

例えば、

 

現行憲法の第一文の冒頭が「日本国民」から、自民党改憲草案は「日本国」となっています。

 

 

また、第13条の現行憲法が「すべての国民は、個人として尊重される。・・・公共の福祉・・・」から「全ての国民は、として尊重される。・・・公共及び公の秩序・・・」となっています。

 

 

「公共の福祉」は、少数派の権利を守ろうとするもの。

 

「公共及び公共の利益」は、多数派の利益

 

 

 

神は、一個人を愛されて、大事にしておられます。

 

国がやろうとすることを邪魔されないための法律や少数派や弱い者がなおざりにされる法案はとても危険だし、怖いものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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